本校の南東部に位置する小高い山が龍城山です。龍城山を含む山並とその周辺の平地部が韮山城址になります。韮山城は、戦国武将・北条早雲の居城で、早雲が伊豆から関東に進出した時の拠点であり、終焉の地でもあります。
本校の校舎が建つ土地は、武将たちの屋敷跡と言われています。龍城山には下部から順に「三の丸」、「権現曲輪」、「二の丸」、「本丸」が遺構として残っています。現在は三の丸は本校の軟式テニスのコートになっており、権現曲輪には熊野神社が祀られ、二の丸、本丸はそれぞれ草地の広場となっています。
城址には、龍城山の東側にある「城池」側の上り口から入ることができます。また、本校の校地から入山する階段もあります。ともに三の丸跡のテニスコートに出てから権現曲輪方面に行くと本丸まで上がることができます。一方、権現曲輪から右側の通路を下っていくと、本校のグラウンド裏(野球スタンド)に行くことになります。
龍城山の山頂部に当たる本丸跡からは、北に本校や富士山、愛鷹山を、東南の眼下に城池を、南西に守山や城山などを、西側に沼津アルプスの山並を望むことができます。
なお、本校の管理棟と体育館との間にある池は、韮山城のお堀の名残だそうです。この池から南東方向、龍城山の東側にも堀の跡と言われる低地帯が残っています。
城跡入口 三の丸跡
権現曲輪 二の丸、本丸への道
二の丸跡 本丸跡
本丸跡から城池を望む 本丸跡から守山などを望む
管理棟前の池(堀のなごり) 龍城山東側堀跡